夜は暗い・道は平らではない

前回のブログで書きました、人生初海外出張となった南米視察での出来事を書いてみたいと思います。少しの間この時の経験談を書く予定ですが、突発的に全く別の文章をアップするかもしれません。予めご了承下さい。

デルタ航空で先ずアメリカに到着後、サンパウロ行きに乗り換え、現地に到着したのは昼を過ぎた辺りだったと思います。花市場や農園の視察は翌日からなので、到着した日はサンパウロ市内の見学となりました。市場やキリスト教会などあちらこちらを回り、夕方ホテルに到着後、他の方々と一緒に夕食に出掛けました。

ホテルからレストランまでの間はものの数分だったのですが、道中私の前にいた方が突然前のめりに転倒しました。幸い怪我はなかったものの、サンパウロ市内の歩道は街灯が少ない為暗がりが多く、また路面の舗装が行き届いていない所が幾つもあったので、街中といえども注意しないといけないと思いました。但し、今振り返ると「注意しないといけない」と思っただけでした。

夕食を終えてホテルに戻る途中、左足を置いた地面が陥没したのかと思いました。実際は暗がりで気付かなかった歩道の窪みに左足を取られ、左足首が内側に向かって直角に曲がった事に気付いた直後、足首に激痛が走りました。周りの方々に随分ご心配とご迷惑を掛けてしまい、思い出す度申し訳なく思います。

期間中足首の痛みは多少和らいだものの痛いままで、各地の視察の際も「バスで待ってる?」とお気遣いを頂きましたが、帰国後に「バスで待機して碌に視察しませんでした」などと報告出来る訳もないので、左足を引き摺りながら視察に同行しました。

海外の夜の街中を日本の夜と同じ感覚で歩く辺り、旅慣れない男の迂闊さと言ったところですが、「夜は暗いもの、道を歩くにしても注意しなければならない」と、自分自身への戒めを得る機会だったと思います。

なお、南米視察以降、海外出張の携行品に、湿布と鎮痛剤を追加したのは言うまでもありません。

フローラルイノベーション2021出展

今週24日(水)から26日(金)にかけて、東京ビッグサイトの青海展示棟にて、農業専門の展示会「アグロイノベーション2021」において併催される、花き業界の展示会『フローラルイノベーション2021』に、今年も出展致します。

インパック株式会社は花き業界の将来を見据え、生産から小売りまでの、あらゆる分野でお役に立つ商品・サービスをご用意して皆様をお待ち申し上げます。

バイオマス原料の使用により脱炭素・環境保護に貢献する包装資材、自動化・省力化を目指すお客様のビジネスを支える各種加工機械、ピポローズ、チャコボール・チャコプランツ、TTI、その他お客様の将来のビジネス発展に役立つ商品とサービスを取り揃えております。

昨年から続く新型コロナウイルス感染症により、展示会の出展も大きく様変わりしております。出展ブースに人が居らず、直前でキャンセルかと思ったら、テーブルに置かれたタブレットで担当者とオンラインで商談を行う方も少なからず居られました。というより昨年会場の3分の1を占めていた中国の出展社の殆どは上記の形で出展(?)されていました。展示会も時代や社会の変化で様変わりしておりますが、インパックはお客様に役立つ提案を広く行う、という展示会の目的を忘れる事無く、展示を行って参ります。

最後に、昨年よりご来場頂いているお客様には余計なお知らせかも知れませんが、ご案内申し上げます。

フローラルイノベーション2021の開催地は「青海(あおみ)」となります。聞くところによれば、どうやら同じ東京都内の「青梅(おうめ)」という、漢字も読みも似通った別の場所と間違える事例が時々起きて、その失敗談がSNSで報告されています。

開催地は「青海(あおみ)」、最寄り駅はりんかい線「東京テレポート駅」又はゆりかもめの「青海(あおみ)駅」となります。お間違いのないよう念の為、申し添えさせて頂きますとともに、感染防止を整えて、皆様のご来場を心よりお待ち申し上げます。

追伸

「青梅(おうめ)市」は豊かな自然の中に、昭和レトロの街並みを揃えた魅力的な所です。

警備厳重アメリカ

現在、海外出張の経験談を本ブログにてお送りしておりますが、私にとって最初の海外出張は6年前の2015年、弊社も所属しているJFMA(日本フローラルマーケティング協会)で行っている海外視察でした。その年の視察先は南米ブラジルのサンパウロとコロンビアの首都ボゴタ、帰国前の1日だけアメリカのアトランタに立ち寄りました。その時の「行き」と「帰り」のちょっとした経験を書きたいと思います。

今から振り返ると、全く旅慣れない私にとって海外出張のスタートが南米というのも、随分とハードルが高かったと思います。日本や欧米と比較して地域環境や治安の面で大きく違う国々というだけでなく、日本から南米への直行便など無い(無かったはず)ので、行きはダレス国際空港で南米行きに乗り換え、帰りはボゴタからアトランタに向かい、乗り換えの際に1泊して成田行きの便に搭乗するという、乗り換え前提の移動もまた、ハードルを高くした様に感じます。

サンパウロに降り立ちホテルに到着し、ようやく落ち着いて部屋でキャリーバッグを開けると、何やら縦長の紙が1枚、両面に英語がびっしり書かれ、鷲をあしらったアメリカの政府機関の紋章に赤字で「NOTICE OF BAGGAGE INSPECTION」と書かれていました。後にそれが「TSA(アメリカ運輸保安局)」が発行する、『あんたのバッグ怪しそうだから開けて調べましたよ(意訳)』という律儀なお知らせ、いわゆる「TSAからのラブレター」でした。

まあ、最初の海外出張ともなればこんな形で調べられるだろうな、と思ったものです。

そしてボゴタからアトランタを経由して帰国、色々あったなあ、と思いながら荷物整理にバッグを開けると、『あなたのバッグ怪しそうだから検(あらた)めちゃった(意訳)』と書かれた、10日も前に見たものと全く同じ紙が・・・。

「人の手荷物そんなに怪しかったか?TSAとやらも随分暇だな!」と、憤懣やるかたない6年前の海外初出張の思い出を、いつか披露しようと心に決めて、本日のブログに書かせて頂きました。

南米出張の件はまた改めてお送り致します。

ケニア初渡航 その3(終)

2017年6月のケニア渡航は、3日間の日程で行いました。初日はほぼ移動に費やし、2日目は現地で開催された生花・園芸の国際展示会を終日見学し、最終日は午前から昼にかけてナイロビ郊外のバラ農園を視察後、農園が手配してくれた送迎の車でジョモ・ケニヤッタ国際空港に向かい、アディスアベバ行きのエチオピア航空便に搭乗してエチオピアに向かいました。

ホテルを出発して車で3時間少々、2時間を高速・幹線道路を進み、残りの1時間は市外から外れた土地で、舗装路が無ければこの先に目的の農園があるかどうか分からない位周囲に何もない所を、電話で農園の担当者とどこに向かえばいいかのやり取りを繰り返して到着しました。

農園の見学後、用意して頂いた昼食を食べている最中、私は空港の搭乗手続きに間に合う時間に辿り着けるかの心配で気もそぞろという有り様で、農園を出発した後幹線道路に合流した我々の目の前には、想像を絶する様な大渋滞の光景が広がっていました。渋滞にしびれを切らした車が何台も未舗装の路肩(と呼んでいいか分かりませんが)に移って走り去って行きます。

同乗する農園の担当の方には「間に合うから大丈夫だ」、「でもこの渋滞で搭乗に間に合わない事もある」と言われ、めまいを必死で耐えていました。

車の中で随分と不安に駆られていましたが、空港にはちゃんと余裕のある時間に到着しました。気苦労で疲れ切った体で搭乗時間を待ち、エチオピアに出発、ボレ空港に到着後、私はジェトロの投資ミッション参加の為に近くのホテルに向かい、同行していた2名の同僚は出張の予定が終わったので日本に帰るべく、空港内で別れました。

その後、私はもう1週間エチオピアに滞在しますが、その時の話はまた本ブログで紹介したいと思います。

ケニア初渡航 その2(又はビザの取得について)

我が国日本の旅券(パスポート)は、殆どの国で査証(ビザ)なし渡航が可能なほど信頼が高いと言われています。それでもビザの所持が必要な国があり、我々などはエチオピア出張には毎回ビジネスビザを申請、大使館で発給してもらった上で現地に向かう様にしております。

こうしたビザの申請・発給も当然電子化の流れを受けて、最近エチオピア大使館へのビザ申請も所謂「e‐Visa(イー・ビザ)」で行われる様になりました。尤も新型コロナウイルスの影響で一昨年以来出張を行えず、それまで窓口で申請を行って来た我々にとって、渡航再開となった時に慣れない電子申請で、面倒や煩わしさで苦労を感じるかもしれません(それはそれで何れ慣れるとは思います)。

と言ったものの、実は過去に一度だけe‐Visa発行の手続きを行ったことがあります。ケニア初渡航の際にケニア大使館のHPでe‐Visa発行の専用ページと手続きの方法があり、大使館まで行っての手続きと受け取りを行う不便と、e‐Visaの手続きを経験しておくか、という思いから行いましたが、パソコンでの手続きに「大使館に行った方が良かったかな・・・」などとその時思ったものです。証明写真やパスポートの顔写真のページをスキャナで取り込んで送信、やきもきしながら数日待った後、どうにかe‐Visaが発給されました。印刷してホッとしたのも束の間、『場合によってはこのビザで入国が認められない事もあります(意訳)』という注意書きがあり、「本当に大丈夫かこれ・・・」という思いを、入国審査の直前まで抱えていました。ケニア到着後、空港の審査ゲートの脇にビザ申請のポストを見付け、「このビザが駄目ならあそこで申請するのか・・・」と不安に駆られましたが、審査は問題なく通過しました。

好むと好まざるとに関わらず、簡便化と迅速化のニーズに応える様に、世の中のあらゆる手続きは確実に電子化に向かっているのだと痛感しました。

ケニア初渡航 その2(又はビザの取得について)

我が国日本の旅券(パスポート)は殆どの国で査証(ビザ)なし渡航が可能なほど信頼が高いと言われています。それでもビザの所持が必要な国があり、我々などはエチオピア出張には毎回ビジネスビザを申請、大使館で発給してもらった上で現地に向かう様にしております。

こうしたビザの申請・発給も当然電子化の流れを受けて、最近エチオピア大使館へのビザ申請も所謂「e‐Visa(イー・ビザ)」で行われる様になりました。尤も新型コロナウイルスの影響で一昨年以来出張を行えず、それまで窓口で申請を行って来た我々にとって、渡航再開となった時に慣れない電子申請で、面倒や煩わしさで苦労を感じるかもしれません(それはそれで何れ慣れるとは思います)。

と言ったものの、実は過去に一度だけe‐Visa発行の手続きを行ったことがあります。ケニア初渡航の際にケニア大使館のHPでe‐Visa発行の専用ページと手続きの方法があり、大使館まで行っての手続きと受け取りを行う不便と、e‐Visaの手続きを経験しておくか、という思いから行いましたが、パソコンでの手続きに「大使館に行った方が良かったかな・・・」などとその時思ったものです。証明写真やパスポートの顔写真のページをスキャナで取り込んで送信、やきもきしながら数日待った後、どうにかe‐Visaが発給されました。印刷してホッとしたのも束の間、『場合によってはこのビザで入国が認められない事もあります(意訳)』という注意書きがあり、「本当に大丈夫かこれ・・・」という思いを、入国審査の直前まで抱えていました。ケニア到着後、空港の審査ゲートの脇にビザ申請のポストを見付け、「このビザが駄目ならあそこで申請するのか・・・」と不安に駆られましたが、審査は問題なく通過しました。

好むと好まざるとに関わらず、簡便化と迅速化のニーズに応える様に、世の中のあらゆる手続きは確実に電子化に向かっているのだと痛感しました。

ケニア初渡航 その1

先週のブログで「ケニア渡航の話はいずれ」と書きましたが、早くも?本ブログに書かせて頂きます。渡航する以前の私はアフリカに対する印象は、アフリカと言えば先ず真っ先にエジプト、その次にケニア、せいぜい南アフリカで、その後が続かないほど、関心が薄いものでした。もちろんそこへ向かうなどとは、当時は考えてもいません。

先週書きました通り、2017年の6月、ケニアにはエチオピア航空でアディスアベバ・ボレ国際空港から、ケニアの首都ナイロビの「ジョモ・ケニヤッタ国際空港」の定期便で向かいました。 ボレ空港で機体のトラブルにより約4時間遅れという、海外渡航の洗礼を経てケニアへの入国を果たしました。ナイロビで開催される花の展示会と現地バラ農園の視察が目的です。現地に拠点を置く「フラワーウォッチ」社が気を利かせてくれて、ホテルへの移動の足にと空港に車を手配してくれました。ホテルまで随分楽が出来るぞ、有難いなあ、とその時は思っていたのでしたが・・・

結局空港からホテルまで到着に約3時間かかりました。空港からホテルまではせいぜい20km足らずだったと思います。ナイロビ市内はちょうど夕刻に差し掛かり、帰宅ラッシュで大渋滞に巻き込まれ、折悪く車のエアコンの不調で窓を開ければ周囲の車の排気ガスで息苦しさが増す、ホテルの周辺に近付いたものの運転手の方が周辺の経路に不案内だった為、そこから1時間近くホテルを探す事になりました。その日2回目の海外渡航の洗礼による疲労を笑顔で隠して、感謝の気持ちでフラワーウォッチ社の方々を見送り、ホテルにチェックインしました。

ケニア初渡航の初日は、今も当時の場景がありありと思い浮かべられる、やけに濃密な1日だったと思っております。

アディスアベバ・ボレ国際空港にて その3

エチオピア出張でボレ国際空港を利用するのは、「基本的」に入国と出国の時に限られます。では基本的ではない時に利用した事があったのか、と言われると過去に2回あります。

その2回が偶然にも2017年6月の出張時で、1回目は展示会と現地バラ農園の視察を目的としたケニア出張です。その時の出張は2週間に及び、1週目はエチオピアとケニア、残りの2週目はアディスアベバ市内の工場見学と、JETRO(国際貿易振興機構)が主催した「エチオピア投資ミッション」への参加でした。1週目は他の社員と3名での行動でしたが、2週目は私一人でケニアからエチオピアに戻った際に、帰国する2名と空港で別れて、私は1人で宿泊するホテルのバスで戻り、帰国までの1週間を過ごすというものでした。

1回目のケニア・ナイロビ行きは、朝7時にボレ空港に到着し、9時出発のフライト予定でしたが、機体のトラブルで離陸が遅れ、出発したのは11時過ぎでした。海外の国際線ともなれば、そういうトラブルも起こり得るものとして構えなければならないと思ったものです。

そして2回目のボレ空港利用は、上記投資ミッションでアディスアベバの南にあるアワッサという場所にある工業団地を見学する為、エチオピア航空の国内線に初めて搭乗し、アワッサ空港に到着しました。今後のバラ農園の新規開拓を行う上で、国内線の利用する経験を1回でも行う必要があったと感じております。

これからもボレ国際空港は様々な形で利用する事になるだろうと思う次第です。

ケニア渡航とアワッサでの経験はいずれこのブログで披露したいと思います。

アディスアベバ・ボレ国際空港にて その2

ボレ国際空港では、出国の際に手荷物検査を2回通過する必要があります。空港のターミナルに入ってすぐ、航空会社に預ける手荷物と飛行機に持ち込む手荷物、さらに電子機器や身の回りの金属品に靴をトレーに入れて検査機を通過させます。毎度の事とは言え通過の度に億劫に感じております。

手荷物を預け、出国審査を通過した後、しばらく待ってから登場しますが、搭乗ゲートに向かう前にさらに持ち込む手荷物の検査があります。飲料品の持ち込みも不可なので、各々手にしているあらゆる飲料品が置いて行かれる事になります。他の国際空港であれば搭乗ゲートと同じフロアに飲食物や軽食の売店や自動販売機がありますが、ボレ空港はそういった設備が無いので、飲料を機内に持ち込めず、その度不便を感じておりました。2019年3月の出張までは。

2019年8月出張の帰国時に2回目の手荷物検査を通過して搭乗ゲートに向かうと、なんと飲み物の自動販売機が設置されていました。ベンチが増設されトイレも新たに併設されるなど、搭乗までの待ち時間が以前よりも格段に快適になり、ボレ空港も拡張と同時に施設の使い易さも進歩を遂げていると感じました。自販機に投入するお金はほとんどがブルの紙幣で、摩耗しきった紙幣を挿し込む使い辛さや、基本釣銭が戻らなくても、帰国便に飲料を持ち込める事に比べたら、全くどうという事も感じません。そんな事も時間の経過とともに改善されると思います。但しいつ頃になるのかは分かりません。

再びボレ国際空港に降り立ち、飛び立つ時に、どこが変わり、新しくなっているか、それを確認するのも、また楽しいものがあります。

アディスアベバ・ボレ国際空港にて その1

過去幾つかの国へ仕事や視察などで渡航しておりますが、その内エチオピアへの渡航は8度に及びます(長くエチオピアの事業に携わっている皆様に比べれば足元にも及びませんが)。エチオピアの空の玄関口となる「アディスアベバ・ボレ国際空港」について書きたいと思います。

ボレ国際空港はアディスアベバ近郊のボレという町にあり、エチオピア航空の本拠地としてエチオピア国内外に多くの路線を保有しています。他に路線を持つ航空会社にエミレーツ、ルフトハンザ、ケニア、ターキッシュエアラインズ等があります。また同空港はアフリカのハブ空港としての役割も担い、全てのアフリカ諸国との間に路線を繋いでいます。

帰国の際に出国審査を終えて出発フロアに向かうと、あらゆる国や地域の民族の人々がベンチで待ちながらスマートフォンを操作していたり、売店で土産物を物色していたり、喫茶店で飲み物を楽しみながら出発を待つ姿を見る事が出来ます。民族・宗教の別なく多くの人々が行き交う姿は、「人種のるつぼ」という言葉を思い浮かべずにはいられません(最近はその様な表現に「人種のサラダボウル」という言葉が多用されるようです)。

そんな私もサラダボウルの具材の一つとなって、出国前に空港内で繰り広げられる国際的な光景を楽しんでおります。

エチオピア航空 成田-アディスアベバ便 復路

私自身、2016年に始めてエチオピアに渡航しましたが、その時の航空便はエミレーツ航空で、ドバイ国際空港で約6時間の乗り換え待ちを経てアディスアベバ便に乗り換えました(帰りの便も6時間待ちです)。今まで経験がなかったのでこの機に、と思ったのですが、この6時間は思いの外きついものがあり、特に帰国の時は午後8時にドバイに到着して、成田便の出発は翌午前2時となる為、うっかり待ち合いのベンチで寝過ごす恐怖を想像して以来、エチオピア航空一本で行き来する事に決めております。

エチオピアでの活動を終えた後、帰国の為ボレ国際空港に向かいますが、成田便の出発時刻は午後10時45分で、ボレ国際空港には概ね7時半までに到着しています。出張最終日、空港に向かう前の最後の夕食は、出張中の宿と移動の手配を何時もお願いしている、「エルミツアー」というエチオピア人と日本人のご夫婦の会社が経営している日本食レストラン、『レストラン桜』で食事を済ませてから空港に向かうのが、出張の定番となっています。

空港到着後、早速手荷物検査を行い、カウンターでチケット発行と荷物預けの後、出国審査を経て、待ち合いスペースで適当なベンチを見つけて搭乗案内がスタートするまで待ちます。搭乗案内が始まり、出発ロビーに向かう途中で今度は持ち込む荷物の保安検査があります。2度の検査でいちいち靴を脱ぐ事と、飲料は全て置いて行かなければならない事が、通過する度億劫に思います。19年から出発ロビーに飲料の自動販売機が設置されて以降は、何とか持ち込める様になっています。

成田に向かう便の経由地は、今は韓国の仁川国際空港ですが、以前は香港国際空港でした。今の様に保安検査で乗り降りする必要はなかったのですが、乗っている最中に空港職員が機内清掃を行い、後部座席側の乗客が食べたであろうインスタント麺の大量のカップを詰めたビニール袋を持って移動していました。一度だけ乗客が下りるのにタラップが使用され、出発までの間、香港の湿った熱気が機内に充満するといった事がありました。

それらの出来事も旅の思い出となり、今はエチオピアに向かうときにボレ国際空港がどの様に発展しているのかを見るのが、今から楽しみにしております。

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